生きてた

生存&ダイエット報告と、若干の考察やひとりごと

人間関係の錯綜:愛とリスペクトのはざま

正直、ここ5年?10年?
いや、むしろ高校受験に落ちた時から?
中学でニュータウンに引っ越した当初成績が全然ダメだった時から?

 

心の何処かで
「何者にもなれないんじゃないか」
みたいな大きな不安がこびりついてた。

20年以上押しつぶされそうになりながら、その時その時を頑張ってきて、一応自分の得意なことやがんばったことがある人生でした。

 

太宰治は「恥の多い人生」ですが、ぼくは「恥が多くて誇れるものが少ない人生」です。

太宰治人間失格かもしれませんが、ぼくは人間落第だと思ってました。

 

落第生なのは認めるが、進学組に負けたとも思えなくなってる

その人は(本人が嘘をついてなかったら)一般的にはかなり成功している人らしい。

(本人が嘘をついてなかったら)ぼくの得意分野でさえ、ぼくよりも結果を出している上位互換的な存在らしい。

 

ぼくが欲しいものをだいたい持ってるらしい。

 

コンピューターでできることはだいたい複製できるし、アナログな裏取りが困難。

なので、
「本人が嘘をついてなかったら」
という前提が常に付きまとうが…どうやらそうらしい。

 

「本人が嘘をついてなかったら」
という言葉を多用している通り、今のぼくはその人が、ぼくの得意分野の上位プレイヤーだと思いたくないぐらいには信用してないし、正直嫌いになりかけてる。

 

ぼくは発達障害者だし、
転勤族で就職氷河期に飲まれたことで礼儀作法に優れた人間でも友達が多かったのも少年野球やってた頃だけ。

 

そんなぼくだから、

「もう得意分野を極めて突き抜けるしか生き残るか、何かになる方法はない」

と諦め半分で、自分にもできたわずかな分野にすがってた。

 

そういう意味で得意分野を形にできてる彼のことは、彼のことはちょっとだけ眩しくもあった。…過去形だけどね。

 

ただ…彼の弱点というか、できないことを知ってから、
「ゲームと野球で培った戦術脳は、彼よりも上だわ」
と、彼の読み間違いをみて、自信が確信に変わりました。

 

ついでにいうと、得意分野についても、ぼくは社会科科目が中学高校とめちゃくちゃ得意だったわけだが…多分、単純な知識量だったら彼に勝てない。

 

ところが、完全に下位互換かという…「戦術脳」を駆使して、足りないピースを予測する力があるから、局地的には勝てることがわかった。

 

野生の思考という才能

ぼくよりも「戦術脳」的な社会科(日本史)の問題の解き方として、

天皇/武力/宗教を抑えたやつが天下を続けることができる」

という覚え方をしてて、【たしかにそうなってる!】という独自の法則で解いていました。

 

ありあわせの素材で、自分だけの法則を作って解くやり方を哲学では「野生の思考」と呼ぶのだが…ぼくよりもゲーム脳な人は
「歴史の教科書を、ゲームのクリア条件のように捉えて、解く」
という独特の解法を持っていました。

 

ぼくも、この手の
「野生の思考で独自の法則を作る」
というスタイルを自分の勉強でよくやる。

 

ぼくが社会科を解くときには

「流れと因果関係をつかむ」

というスタイルで、全ての社会系科目をクリアしてました。

 

例えば…お茶の産地は、盆地が多いんですよね。
鹿児島・京都・奈良はまさにこのパターン。

あとはあったかくて雨が多いところ。
静岡や三重はあったかくて雨多くて、お茶が有名なとこですよね。

 

この時点で、「お茶の問題で、瀬戸内や北陸・北海道はない」と切れますよね。

中国の話だったら、黄河方面は一度考えないで、長江以南・ベトナム寄りの土地にお茶の産地があると推理できますよね。

 

丸暗記するのではなく、
「こういう理由があるから、この辺のはず」
というイメージをつかんで解くんです。

 

逆に「ため池」がある地図とか出されたら「多分瀬戸内」と当たりがつけられます。
日本で雨が少ない・水が溜めにくい地域はだいたい瀬戸内ですので。

 

歴史の問題解く時には
「時系列で並べるときに、この順番はありえない」

政治・経済を解く時には
「決定の重要さと、必要な議席数はある程度合わせるよな?」
という因果関係で選択肢を絞っていきます。

 

正直、ぼくよりもいっぱい暗記してる人はたくさんいると思います。

それでも、ぼくが社会科のテストで勝てたのは「楽に解くために、パターンに落とし込む」能力で解けたからです。

 

この思考がベースにあったことで、大人になっても経済学や地政学への興味へと突き動かしていた。

 

経済史は、金融が発達する前は、物流です。
船の方が多くのものを運べることで、オランダとかイギリスとかアメリカとか海洋国家戦争でも経済でも優位なのです。

言い換えると、日本が開国してから飛躍的に成長し続けたのも、海に面している国が多くて、「モノを作る科学技術や生産力さえ整えば、かなり優位な立場にいる」からです。

(江戸時代、豊かな藩が北陸に集中していたのも、船を使った貿易の航路が優位だからです)

 

これを応用したのが地政学です。
戦国時代に「武田・真田が強い」「島津が強い」と言われるのですが…
・京都から遠い
・県外に出ていくだけで大変
・交易に海が使えない
などの理由があると、強い武将を抱えている名家でも天下取れないんです。

(これ、私が言うてるんじゃなくて、司馬遼太郎功名が辻で似たようなこというてます。)

 

こういう「地理的要因と、繁栄・紛争の歴史を世界規模で調べて法則を作ってみよう」というのが地政学です。

 

私の父が、司馬遼太郎オタクだったから、無意識にこの解法が身について
「他の勉強はそこまででもないけど、社会だけはけっこうできる人間」
が育ちました。

 

これ…資格取る勉強や、漢字や英単語を丸暗記する時には使いにくい勉強法だとおもいます。

ただ、何もできないかと言われると…どんな場所でもデータと構造さえ揃えば、法則を作って「こう動くはず」というのが読めるのです。

 

対人戦に応用できるから、ゲームやネットで応用できるのです。

まぁ、「構造をつかんだ時に、自分が不利・無力だと気づくと動けなくなる」という弱点もあるんですけどね。

 

話が思いっきりそれたから戻す。

上位互換だと思ってた人が、いくつかの読み外しを見て「上位互換じゃないかも」って話だったね。

 

ぼく、その件で社会科が得意じゃなくて、
「本当に得意なのは、独自の法則作成や構造把握能力じゃね?」
という方だと気づいたんです。

 

ついでにいうと、「ぼくの得意なことがみんなできることじゃない」ってこともね。

 

さて、ここに気づいたことでだ。

丸暗記勝負や礼儀作法の勝負にならなかったら、
「すごいと言われてる人が相手でも、俺の方が強い」
と、思えるようになったわけです。

 

俺だって、なにも遊んでたわけじゃない。

…いや、遊んでたけど、遊び方が
「ゲームの中で自分だけの勝利の方程式を作る」
「伸びる選手や勝てる球団を独自の法則でいち早く見つける」
「ウェブやコンテンツで流行るものは、こんな法則があって、こういうふうにできてる」
というのをすごく多方面に作るというド変態な遊びで、自分の特技を磨いてました。

 

それもファンデッカーでジョミーという
「そんなに強くないカード・キャラを法則で勝たせる」
というド変態です。

 

今だとブルーアーカイブにハマってるんですが、
「小鳥遊ホシノで勝つと決めたら、必ず勝つ」
と言って、自分でホシノを外さない縛りプレイをかけて…1万人の中で1位取ったりするんです。

 

ホシノは弱くないけど、ピーキー
なので、他に使ってる人は少ないです。
それでも、ホシノで組み立てて…ちゃんと勝てるようにするんです。

 

これが、自分にしかできない遊びで楽しいんです。

 

その価値に、自分で気づけてなかったけど、
「趣味を通じて、俺の特技を磨いてたんだな」
とわかってから、「じゃあ、俺はこのゲームに勝てる」という自信が確信に変わりました。

何者かになろうとするんじゃなくて、自分になるべきでした。

さっきから上位互換の人を
「本人が嘘をついてなかったら」「だと思ってた」「嫌いになりかけてる」「自信が確信に変わった」

と散々な言いようですが、少し前は感謝してたんですよ。

 

現実って、ゲームと違って「自機は自分」です。
その自分をどうやって鍛えるか見つける手伝いをしてくれた人でもあるんです。

特に読書ですね。
それもちゃんと「目的のあるインプット」をちゃんとやること。

 

自分の好きなことを勝手気ままにやってると、スキルツリーが偏ります。

そこで、自分が勝てる自機にレベルアップさせる方法が、読書になるのです。

 

ゲームと違って「敵を倒した後に割り振る」「勝手にバランス良くステータスがアガる」という仕様ではなく、
「意識的にあげたいステータスを上げにいかないと、できないことはずっとできない」のです。

 

それを「発達障害」とか過去の失敗を理由にできないと思ってたけど…

「できるようになると信じてやり続けるのが大事なんやで」
「自分ができるようになりたいと思って、自分から動き出したらできるんやで」

みたいに言ってくれたので、そこはすごく感謝してます。

 

そして、自己効力感や、他の心理学、哲学の引き出しを増やしたことで

「能力って才能や資質じゃなくて、ちゃんと上がるんだ」
「評価が追いつくまでには常に時間がかかるから、一喜一憂しなくていいんだ」
みたいなことを学びました。

 

西洋風にいうと「実存は本質に先立つ」で、
東洋風にいうところの「不昧因果」というやつです。

 

この辺の学びがあったから…自分の中にあった答えが、ここででてきました。

 

ぼくさっき、「ブルーアーカイブにハマってて、ホシノが大好きで、ホシノで一番になりたい」と言ってゲームしてて、実現しましたよね?

勝ちたいと思うフィールドを見つける
勝たせてあげたいぐらい自分のことを好きになる
これ、すごい大事なんじゃないかと思います。

勝ち方を知らないんじゃなくて、実機に落とし込めてないだけなので、ゲームと同じようにやればいいんじゃないかな?と。

 

つまり、自分が何者でもなかった理由は
「今ある姿は、実存が本質に先立つ前に、周りの評価に一喜一憂して、心が折れてしまう」
「自分のことを【なんとしても勝たせてあげたい】と思うほどに好きじゃなかったから、因果に流されてしまった」

というのが、大きな理由なのです。

 

学校の成績や発達障害や過去の失敗で
「俺なんかこんなもんでしょ」
と思ってそこに飲み込まれたことが、最大の敗因でした。

 

ホシノへの愛情の半分を自分に向けて、自分という自機をもっと愛してあげる・信じてあげるのがけっこう大事だったりします。

 

あ、そうそう。

ぼくさっきから自分の方が優れてる・勝ったと思った時に、上位互換の人に

「自信が確信に変わった」
という言葉を連呼してたけど、アレ…最大級のリスペクトですからね。

 

というのも、
あの発言はルーキーの松坂大輔が、当時NO1だったイチローを3三振に切って取った時に、出た発言です。
松坂大輔は「今日あなたに勝ったのだから、プロでやっていける確信ができた」という意味で言った言葉です。

 

私が「自身が確信に変わった」と言ったのは、一度は上位互換だと思うぐらいに力量があることも知ってる上で

「この人のミスを読み切ったなら、俺の方がこのスキルは高い」
「同じ分野が得意でも、おそらく論理構造が全然違う上に、少ない情報から読み切ったり補強して裏回れるから、やりようあるかも」
というリスペクト込みの発言です。

 

今欲しいのは、
「自分のことをホシノの半分ぐらい好きになれる理由」
だったり、
「勝てる確信や、自分の読みを迷わずに信じられる環境」
ですから…そのタイミングで、色々言われて、今はちょっと嫌いになりかけてます。

 

それでも、
「こっちだよ」
と導いてくれたり、ミスから気づかせてくれた恩はあるから、もう一回彼を愛せるようになれたらいいなぁ…と思います。

 

回りくどい?
ちょっとフクザツなんだよ。我々の関係。

 

 

【若者の恋愛離れinアメリカについて】まぁ、大人になればわかるよ

まぁ…気持ちはわかる。

theriver.jp

 

だって、大人ってちょうどいい出会いがないんだもん!

 

たださぁ…大人になると「異性」って【当たり前に落ちてる】もんじゃないのよ。

 

仕事によっては男だらけの職場、女だらけの職場あるから出会いからない人もいる。

かといって、職場に出会いがあれば、異性のありがたみが下がるかというと…大人な人は「オフィスラブはこじれるとめんどくさいんじゃ」とノーセンキューだったりする。

 

性欲うんぬんとかじゃなくて、

・(領域がほとんど被ってない)キッパリと別れられるうま~い出会い方で
・性格、懐事情、お互いの交際関係がお互いの求めるラインの中に入ってて

みたいな条件を色々クリアしていかないと…交際に至らないんだよ。

 

まぁ…そういうのとは全く別にワンナイトラブ的にセックスする人もいるにはいるよ?

この辺、海外ドラマだと割りとワンナイトラブっぽい衝動的な性欲(お互いがドン底で気の迷いが…/酒の勢いで)みたいなのが出てくるから、より子どもには意味不明なんだと思う。

 

実際にワンナイトラブ描写のある海外ドラマ?
Mr.ロボットや、弁護士ビリー・マクブライド(英題:ダヴィデとゴリアテ)の良さがわかる若者がいたら嬉しいんだけど…アル中で職場から突然バックレるクズのおじいさんのドラマの良さなんか、若い子にはたぶんわからんやろね。

 

 

Amazon primeで見られる海外ドラマって、こういう「子どもにはまだ早い」みたいな作品でも、大人が満足するほどやり切ってくれるモノがあるから好き。

そういう文化は日本のドラマからは消えちゃったから、アメリカではがんばってほしいところ。

 

何が言いたいかというと、

「子どもたちが思ってるよりも、大人は恋に飢えてるし、セックスにも飢えてる」

んだよ。

異性全般が好きかどうかは別として…めったにしない人が大半だから。
逆に、やりまくってる人はそれだけで優越感なり、愛されてる感なり、他では味わえない肉体的な快楽を味わえるから。

 

そういうところは「いつかわかる」でいいのよ。
何年か経って「ああ、あのドラマで描いてたのはアレね」ってアハ体験的に思い出してもらえばいいの。

 

別にセックスするからって異性全部好きになるわけじゃねぇよ

いや、子どもから見たら疑問しかないのわかるよ?
高校生ぐらいまで、女同士で群れてギャーギャーうるさい女子の集団とか見てると存在自体が不真面目に見えたし、なんも考えてなさそうに生きてる感じがあんま好きじゃなかったし。(今、女好きかというと…うーん?)

 

逆に、女の子から見たら、恋愛対象以外「ガサツorだらしないorダサいorキモい」のどれかに見えてるだろうから、そこはお互い様じゃない?

 

自分が好きな異性以外は宇宙人っつうか、自分の価値観ではあんまり点数が高くない謎の生き物っつうか…珍しい動物?

そんな感覚両性ともあるんじゃないかな?

 

女になったことねぇからわかんねぇけど。

 

でも、大人になって、セックスすると「(異)性っておもしれー」と思う切り口が色々見つかるから若者が恋愛離れしてても、別に「大人になればわかるよ」って思う。

 

私も高校生ぐらいまで飢えてすらなかったし。
むしろ、得体が知れなすぎて「なにこれ」って99%は思ってたし。

 

だから…記事にあるようなことを読んでも

『オンライン・デートをするくらいならトイレ掃除でもしてた方がマシだ』


まぁ、正解がわかんない問題と格闘するぐらいだったら、正解がわかって終わりも見えるモノをした方が楽だよな。(と頭で思ってても、結局はオンラインデートすると、雰囲気で盛り上がっちゃうんだよなぁ〜)

 

とか

 

「男性が女性に嫌な態度を取るが、最終的に彼女がその男を好きになるやつ」(ニューヨーク州、23歳、アジア人、男性)

優しすぎる男(女)って、相手をつけあがらせて関係に疲れるから、ちょっと素っ気ないぐらいで追いかけさせるぐらいのほうがモテることはモテるぜ?

 

とか

 

ちょっと若い子にネッチョリした視線を送っちゃうのよね。

 

まぁ色々言いたいことはあるけど…



これなのよね。

 

若者への言い回しがネッチョリするほどの大人になってくると

「同じような作品ばかりでクドい気持ちはわかるけど、おっさんとしては恋に落ちたり、ワンナイトラブしたりするぐらいしかみずみずしい体験がないんじゃ。できることなら特別なアプローチしないで自然体に向こうからグイグイ来てほしいんじゃ」

ってなります。

 

空から女の子が降ってきてくるか、
ブルーアーカイブみたいに「先生」って慕われながら料理作ってもらったり、好きな女の子だけ仲間にしてハーレム楽しんだりしたいんじゃ。

 

おっと、俺を見て嘲笑うなよ。
お前たちもいずれ、ネッチョリとしたおっさんかおばさんになるんだからなw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本のテレビが幼稚?むしろ、大人過ぎた結果だと思うけど…

いや〜ちょうどもやもやしてた問題がホットエントリーに挙がっていた。

www.newsweekjapan.jp

 

「日本のテレビは能天気で娯楽的、イランは国営テレビなのに政府批判で大盛りあがり。ちゃんと政府や社会を批判しないなんて幼稚だ」

というご意見なのですが…逆じゃないですか?

 

むしろ、「誰かを批判して人気を得る」という方が一番幼稚な手段でしょ?
「批評」と呼べるぐらいに、専門知識や見識に基づいて批判するならまだしもよ?

 

メディアの批判なんて、3つしかないじゃん…。

メディアによる批判内容を見ると、概ね
「難癖、偏ったモノサシ、詭弁」
のどれかだ。

 

「難癖」というのは、小さなことがすごく重大であるかのように批判すること。
「偏ったモノサシ」というのは、一方的な視点ばかりを重視する批判のこと。
「詭弁」というのは、批判の内容自体が間違っていても、それを力押しして正しいことであるかのように押し付けること。

 

だいたい、このどれか。

本当に重大な問題を報道してるわけでもないし、
知見を持った人が中立的にモノを見てるわけでもないし、
嘘をついたら謝るとか、他人と意見が違うことを尊重するとか
…そういうフラットな姿勢はないのだ。

 

言ってみれば、YouTuberやブロガーの炎上商法と中身は対して変わらない。

それをお上品にやれば日本のテレビっぽいし、下品にやるとどんどん人気YouTuberに近づく。

 

そういう話だ。
テレビネット問わず、各種メディアが行う子どもっぽい批判ごっこは…本当に子どものいじめと大差ないし、下手にイランが国営放送だからこそ「盛り上がり」だけの番組が作られているんじゃないですか?

 

と私は思っちゃいます。

 

ただ…ここまで聞いた人は
でも、日本のテレビつまんないじゃん
と思うかもしれない。

 

そう、「大人過ぎて」つまんないんだよ。

 

大人は敵を作れないから、大人の世界はつまんない

なんで日本のテレビが脳天気で娯楽っなのか?
そら、メディアに広告を打ってクレームが来ちゃっても困るでしょ?
芸能人だって、少しでも自分への誹謗中傷や批判、共演NGを減らしたいでしょ?

 

そしたら、芸能人が「いい人」を演じる方が、みんなの仕事が円滑に回るから。
毒舌キャラの人だって、同業者と揉めたくないから根回しして許可を取る人が多い。

基本的にみんな「敵」を作りたくないし、「みんなの敵」になりたくない。
そんないじめを恐れる学校の教室みたいな場所が大人の世界なんだ。

 

小学生が表立って暴力振るう感じがイランの国営放送だとすると、
中学生・高校生が仲間外れや居心地の悪さから身を守ろうとするのが日本の民放。

 

ね?ちょっとだけ大人になってるでしょ??

 

でも、みんなHIKAKINじゃないから…完全な良い人にはなれない。
だから、プライベートでは、異性に高圧的になったり、「自分は特別で特別扱いしない人には何をしても良い」という感じの芸能人・スポーツ選手・政治家のゴシップとして報道されるわけだが…それが大人ってもんだよ。

 

だからさぁ…つまんないのよ。
自分のいいところしか表では見せられないから。

しかも、エンタメを見ているのに、いじめられないように自己保身や大人の事情の中で芸をしている姿が、見え隠れするから余計につまんない。

 

さらに、「本当のいい人なんてほんの一握り」と、お仕事や性格の合わない人には色々我慢していい人を演じたことのある人は…気づいちゃうから夢すらない。

 

ぼくだって「いい人じゃないゴシップだらけの芸能人なんか嘘だ」というほどピュアではないよ?
でも、「夢ねぇな」「大変だなぁ」ぐらいのことは思いますよ…。

 

芸人がクレーム上等で面白いことをやってる時代は
「自分のいる理不尽な社会よりも、いい意味で少年のハートを持ってる」
ように見えた。

だから、テレビは子どもっぽい反面で、面白かった。

 

でも、クレームだ、ビジネスとしての収益性だ、スポンサーとの関係だと色んなことを考えないといけない環境が揃っていくうちに、大人になっちゃったの。

 

ドリフまで行かなくてもいい。
ボキャブラ天国や、昔のガキ使のコントを見てたら、コンプライアンスやクレーム対策なんてあったもんじゃないスゴいネタが出てくる。
でも、その子どもっぽさが「大人にならなくてもいい人たち」みたいに映ってかっこよかった。

 

日本のテレビに限ったことじゃないんだけどさぁ…。
あんまり大人になりすぎた人がしてることって…つまんないのよ?

 

もちろん、エンターテインメントだって生活賭けてやってるんだから、しがらみもあるし、失敗できない部分もあるし、失敗しないためにビジネスとして高度に仕組み化しないといけないところもある。

 

でもさあ…それって、面白くはないんだよ。

 

だって、予想外なことが起きる仕組みって…不良品じゃん?
同じものを作れることを突き詰めていくのは、逸品物の職人芸や芸術ではなく、工業製品じゃん?

ビジネスとしては予想外を潰し切って、同じものをいつでも作れるほうが正解だよ?

でも…私は昔の芸人さんじゃないとできないような豪快さとか、
水曜どうでしょうの乱暴すぎて自分たちでも「再現性がない」と言えちゃうものの方が人気だし、面白いとみんなに思われてるように見えるんだよなぁ…。

 

テレビつまんない論を聞く度に、すごく心苦しいんだよ。
大人としての正解を追い求めていった合理性を賛美するか、
大人じゃないけど奇跡に到達できるかもしれない子どもの尊さを賛美するか。

 

大人の理屈が理解できるぐらい大人だけど、
色んな作品を見て「子どもっぽさが生む桁違いの面白さ」への郷愁が捨てきれないぐらいに子供だから…いつもどっちと言い切れない自分がツラい

 

ただの鬱々した日記

今日はびっくりするほど何をやってもうまくいかなかった。

「がんばりたい」
という気持ちまで見失ったわけじゃないけど…目の前は茫然自失。

 

もう途中から「何がしたいか」「次何をすればいいか」さえわかんなくなるほど頭の中パニックで…

 

何を思ったかやらなくて良いことをやって、傷口に自分でさらに傷を作って…もう目の前のタスクをしても、好きな野球のことをしてても、少しでも気を抜くと自分のうまくいかなさと、自滅の数々を直視する事になって…もうわかりません。

 

文字通り頭の中真っ白。

今、「ここに堕ちたら終わる」という穴が見えるレベル。

ツラいできごとがあって、そこからトラウマを患っても頑張り続けて思ったほどの結果が出なくても、
「今月は結果度外視で、正しい過程で、いい結果を出すために色々変えるんだ」
って気を張ってがんばってきました。

 

結果として、余計にトラウマが酷くなって、衝動的な行動や病んだ思考を繰り広げては「ないないない」と自分に言い聞かせながら、蟻地獄にハマっていくわけですが…

 

それでも、自己記録レベルの努力はしたはずです。

自分が満足行くほどではないけど、結果のカケラは出てました。メンタルを治すために多くのことを学びました。

 

でも…色々な意味で実力不足でした。


そして、それが溜まりに溜まって今日になってびっくりするほどうまくいかないことが重なって、久々に「茫然自失」に陥りました。

 

茫然自失して完全に頭が動かなくなって立ち止まったのは、母方の祖父が倒れた話を聞いて駆けつけようとして、直後に父方の祖母が亡くなった話も聞いて、でも自分は妹を連れて行かないといけない…みたいな時以来です。

 

ちょっと今はどうしていいかわかりません。
次どうなるか、どうしたらいいか、久しぶりに頭が凍って今から家に帰れるかも分からないし、家に帰るにしても何もやらかさずに帰れるかもわかりません。

 

やると決めたことはやる。
ここから逃げれば、私は一生負け犬として、嘲笑われて生きることになる。

 

でも、今はそんな赤の他人のことは…どうだっていい。

 

いや、普段そう思ってるから「嘲笑われて生きることになる」という嘲笑う他人の存在がサラッと出てきたけど…もう、その他人に怒ったり対抗する気持ちも今この瞬間は湧かない。
いや、それ以前の問題として、もう「他人ってなんだ?」ぐらい茫然自失してる。

 

そのぐらいに目の前が真っ白だし、自分のしてきたことに無力感を覚えてる。
徐々に落ちていく感じなら苦痛さえ感じないのだが…今回は走ってる途中で立ち止まったような「あ、もう走り出せなくなるかも」という体が苦痛に立ち向かえなくなる感覚。

 

だから…今日今この瞬間…何をしていいか本気でわからなくなってフリーズしました。

 

明日・明後日のことはとりあえず考えない。

今の俺がそれを考えてもたぶんドツボにはまる結論しか出ない。

 

休むにせよ、動くにせよ明日まで絶対に決めない
(これを書いておかないと、極端な選択か、楽な選択として明日を生きそうになって怖すぎたから書いてる。それか、今日やった大失敗をケロッと忘れて偽りのポジティブで同じ失敗しないか怖すぎるから書き残してる)

 

とりあえず、家にまず帰ろう。

こういう時は明日のこと考えないで、まず寝よう。

 

食事なんか欲しくない。
もうとにかく家に帰って寝る。今の俺にはそれしかできない

 

インターネット、自滅してるやつ多すぎ問題

これ、昨日見た動画の内容を友人に喋ってみて、好評だったからブログでもやりますね。

 

youtu.be

 

これ、極度のうつやトラウマを持つとわかるのですが…脳が侵食されてる感覚があるんです。

 

この「脳が侵食されてる状態」による二次被害の方がはるかに深刻なわけです。

 

え?脳を侵食された経験をお持ちではない?

失恋の最後に怒鳴られようと、お仕事で失敗して酷い空気になろうと、次々と切り替えてやってこれたと??

私もそんな風になりたかったですわ…。

 

インターネットでこじらせた思想持ってるやつ、だいたい過度な一般化し過ぎ説

さっき、失恋を例に出しましたが…失恋しても「次々♪」と切り替えて、3日後には違う異性とズッコンバッコンしてる人もいれば、それっきり
「女なんかドイツもこいつもオランダだー!」
モードで、しばらく女の顔も見たくない人もいますよね?

 

ネットに多いタイプは後者だから…ネットの言説は、一般論以上に病んでるんですよ

 

いや、滅入ってる人の気持ちはわかるんです。

そして、滅入ってる人が
「少しでも、嫌な奴と同じ特徴を持ってるやつは全員自分の目の前から消えて欲しい」
という気持ちも、わかるんです。

 

そうやって、自分が出会った異性の1割…下手したら一人が酷かっただけなのに、「男嫌い・女嫌いだ」みたいになっちゃう人がネットには多いんだけど…

 

こういう思考、メンタルヘルス業界では「過度な一般化」と言います。

「1つダメだったら全部ダメ」
みたいな思考は…製造業の検品作業ならいざしらず、人間にやりだすと自分だけが不幸になります。
男であれ女であれ老人であれ子どもであれ、モノじゃないんだから廃棄処分にするわけにもいきませんよね?
合わないと思ったらその人を切るしかないですよね?

 

でも…思考が行き過ぎてる人は、
「もうモテなくて良い。むしろ、近づいてきてほしくない」
と身なりや言動に気を使わなくなったり、
「働きたくない。こんな仕事辞めてしまいたい」
と仕事に就けなくなる・ついてもすぐ辞めてしまうようになります。

 

ここまで来ると一種の自滅状態です。
そして、軽度にメンタルがヤバい人は…社会全体から見るとこの状態です。
もっと重篤な人は社会にもっと攻撃的だったり、諦めてたり、世界の見え方そのものが極端すぎて…ヤバいです。

 

まともな精神状態なら、聞いても一ミリも共感できないと思いますよ?
そうですね…自分で自分に引いた一番病んでる時のエピソードとしては…

 

ある女性から嫌なことされた直後は、その人じゃない女性に対してまで
「こいつら全員承認欲求モンスターで、ぶっちゃけフォロワーのことなんか金づるぐらいにしか思ってない、人間のクズなんだろうな」
みたいな感覚がして、何かを宣伝している・宣伝するために愛想振りまいてる女を見るとすごく汚らわしいモノを見ている気持ちになりました。

 

何が病んでるかわかんない人のために書くと…


まず、そんなの個人の自由ですよね?女性自身・ファン双方の自由。
営業スマイルだろうが、心の底からインターネットを愛していようと…そんなの個人の自由ですよね?
営業スマイルでも素晴らしいと思えば応援したかったらしたらいいし、汚らわしいと思うなら距離置けばいいだけですよね?わざわざ相手に言う必要ある?

 

次に…自分自身の解釈の押し付けですよね?

承認欲求のない人なんかいないのに「宣伝っぽいモノを見ただけで」モンスター呼ばわりは…明らかに行き過ぎてますよね?

 

その辺のことがあったから、自分自身でも引きました。
…引くほどの恥も外聞もない人もいますが、私は自分の思考がキモくてキモくて仕方なかったです。

 

そして、病んでる自覚があったから、
「うお!これが認知の歪み/過度な一般化ってやつか!!!」
と、自分の生理的な感覚のズレ方に引きながら驚いてました。

 

自分で自分に引くのは、精神を改善する上ですごく大事なことで…
「知識として危ない思考傾向を押さえておくと、自分が危ない思考を思想になった時に、自分自身に引く」
という俯瞰(メタ認知)ができるようになります。

 

何かがキライ・許せない?世界はこうあるべきだ?
ある程度まではみんな何らかの理想は持ってると思います。

 

でも、その中身が極端すぎたり、あまりにも押し付けがましい場合…ちょっと疑った方がいいですね。
自分に対してだけでなく、「この人の思考は病んでるな」みたいなのを。

 

メンタルがヘラったまま社会的に成功してる人もいるにはいるから…「この人危ないな」という防衛術に使ってもらいたいところ。

特にインターネットでは「必要なのは理想の社会より治療」「自滅思考から脱却して動き出すこと」というケースが多すぎるのよ…。

 

引くほどキモい自分、それは「本当の自分」ですか?

そして、冒頭で引用した動画の話になるわけですが…

「脳が侵食されてる時の思考」
であったり、
「失敗やトラウマが原因で起こってる思考」
って、そもそも本当の自分なんでしょうか?

 

怒り・悲しみ・過去の被害から攻撃したい・身を守りたい・何かを拒絶する・見下すことで安全を確保して安心したい自分は「本能」ではあるかもしれないよ?
でも、「理性」や「純粋無垢な願望」の上に積み上げてきた自分と、本能の自分は別ものではないでしょうか?

 

私が友人に話した部分はそこです。

「脳が侵食されることで起こる病んだ行動」
は自分というより、本能から来る防衛本能や攻撃性なんです。

 

それは本当のあなたじゃない。

 

自分がやりたいことをやるのに、自分のこと傷つける必要ある?
自分がやりたいことをやるのに、全くそこに出てこない他人の生活・もう自分の社会生活に関係ない人の言葉なんか関係あります?

 

すこしでも、理性的に考えたらわかるでしょ?
本当に自分のやりたいこと、理想的な姿は自己否定でも他者への攻撃でもないことぐらい。

多くの人に選択や行動を強要するほどの過剰な自己否定・正義感はただのエゴだって。

 

たいていの人は「お金持ちになりたい」「何かをやり遂げたい」「どこかに住みたい」「彼女欲しい・結婚したい」じゃないの?
そのために、理性的に計画を練ってみて「ここまでにやる」と走り出すことが本当にしたいことじゃないの??

 

それをやってると、徐々に「脳からの侵食」は減るよ?
脳がアレコレ言っても「現状を変えたい自分」の判断が勝つようになっていくよ?

 

私、ツイッターのプロフィール1つ変えるのだって「ライター」とか「ブロガー」とか書くのなんか小っ恥ずかしくてやりたくない人間だったんだよ。

でも、
「社会では体裁(デフォルメされたキャラクターが相手に伝わるようにすること)が大事だよ」
みたいな記事を読んだ時に『そう言えば、俺のことみんなライターだと認識してないかも』『ちゃんとやりたいことをやるにはライターだと知ってもらわないといけないからつまんないこだわりは捨てよう』と思って、プロフィール変えれた。

 

「脳からの侵食」って人間のクズみたいなことしか考えてなくて…

「変わりたくない(ホメオスタシス)、失敗したくないから動かない(防衛本能)、自分に酷いことをしたあいつを潰したい(衝動性・被害者意識)、失敗したから今すぐこの場から逃げ出して楽になりたい(回避性)」
みたいな、自分がいい方に変わったり、円満にやりたいことをやり遂げる邪魔ばっかりしてくる。

 

そこに汚染されてて、それこそが自分だと錯覚してる人は多いと思う

 

でも…その通りに生きると、自滅まっしぐらだぞ?

サルならそれでいいよ?でも、人間なんだから理性こそが本当の自分だと信じて生きていく方が絶対幸せになれると思うよ??

 

 

 

「自分はどうありたいか」と問われたので、書いてみる

この動画を見た。

youtu.be

 

最近、メンタルのことで悩んでて、色々な動画や本を読んでる。

 

ちなみに、見聞きしたものはここにまとめた。

人生最大のトラウマを克服するために読んだメンタルに効く本や動画を紹介するよ - Togetter

 

その中で、これが「総決算」みたいな内容で良かったのだが…

 

「自分はどうありたいかを考えよう」

という宿題が出ていたから、ちょっとやってみることにした。

 

ただし、注意点としてはこれは「目標」ではない。
というのも、「結果によって達成された自信」は、結果が出なくなると揺らぐし、キープし続ける不安、満足しちゃったことによる慢心・自己喪失が起こる可能性があるから、あんまり強くない。

 

だからこそ、「人としてどうありたいか」みたいなことが大事になる。
もちろん、それが周りに伝わった方が色んなことが有利に働くが…

 

興味のあることは「極める」自分でありたい

ここでいう「極める」は「勝ち続ける達人になりたい」という意味じゃない。

 

「簡単に投げ出さないで、納得行くまではやる」

とか、

「常に好奇心と知識欲を持ち、勉学や検証を怠らない」

とか、

「自分の考えを持てるぐらい、しっかり取り組む」
とか、そういう真摯な姿勢を持って物事に臨むことだ。

 

これはメリットもデメリットももちろんあるが…これが私だと思ってる。

 

メリットとしては…
・自己完結する目標はだいたい達成できる、
・各々が好きな分野に知識も愛情もある友人、本物の作品に囲まれる
・自分の知識や積み上げた感覚を信じてるからこそ、身を守る時もある
みたいな、自己実現・幸せに関わることについては、いい影響があること。

 

逆にデメリットとしては

・好奇心旺盛すぎて怪しいものにハマることがある
・マニアックになりすぎて、キャッチーになることができない時がある
・自分の勉強や経験を過信しすぎて、がんこだと思われることがある
と言った、「コミュニケーション周りの弊害」かな?

 

コミュニケーションや処世術を学ばないとやれることが頭打ちするなぁ…とも思う。

 

とはいえ、せっかく発達障害に生まれたり、勉強・練習すればできるようになる快感を知ってる人間なんだから…その「できるようになる」を深い意味でやり続けて、人生を充実させていくスタイルは一生変わらないと思う。

 

また、そういう根っこを持ってるからこそ、厳しい状況でも必ず立ち直ってきた。
浅くない傷口は多いが、再起不能レベルのキズを避け、回復して起きあげれてるのは、この姿勢のおかげだと思う。

 

 

頭ごなしに否定しないで、とりあえず話を聞く自分でありたい

これは「なんだか知らないけど」という母親の口癖へのアンチテーゼでもあるのだが…まずは聞くようにしてる。

 

これもメリット・デメリットある。

メリットは
自分が相手の愚痴を聞くことで、相手が自分を助けてくれる
思わぬ提案や知識を頂くことがあり、自分の幅を相手に広げてもらえる
こともある。

デメリットは
「声が大きい人に流されやすくなってしまう」
ということ。

一度や二度じゃなく、ぼくの「とりあえず話を聞く」を悪用されてしまったことがある。

 

というのも…話を聞くというのは、相手によっては
「自分のペースやパーソナルエリアを確保する」
「無理な話を、キッパリと断ったほうがいい相手もいる」
というのが、色々やってみてわかった。

 

なにしろ、「聞く」という行為は、案外奥が深い
例えば、実質カウンセリングみたいなお仕事の「話を引き出す」こともそう。
例えば、ビジネスみたいに「安請け合いしない・見通しを立てて断るべきことは断る」までセットになっている話もそう。
もっと言えば、自分の理解力や読解力を上げないといけないケースもある。

 

だから、ぼくの「聞く」ではぬるい・練度が足りないと感じる人もいる。

そのせいで、力不足を痛感する時はある。
最悪なケースでは、自分は相手の愚痴も提案もしっかり聞いてきたつもりでも、そういう誠意がぜ〜んぜん伝わってなかった時があるから、この力不足は致命的だなぁ…と感じております。

 

 

自分の中では
「母親みたいには絶対になりたくない」
「深い意味で人に優しい人でありたい」

と思ってても、その信念に見合った能力を獲得しきれてないのは、要改善ではあるのだ。

 

しかし、やり続けてることは時々褒めてくれる人・価値を感じてくれる人もいます。

だから、
「私は思いやりのあるいいやつなんだ」
「長時間色んな話をする頭の体力・フクザツな話を色々聞いて得た知識があるんだ」
という自己評価(自信)に繋がってるところはあります。

 

つまり、【ありたい自分】を貫けている一方で…まだまだその道は長いというわけだ。
志には誇りを持っていいと思う反面で、その道は険しく精進が必要だなぁ…と。

 

 

他人を現状ではなく、ポテンシャルで見られるようにする

これは自分がオタクだから
「後のヒット作を先んじて見つけたい」
「新しいものを作ってくれそうな高い志や、独自のセンスを持って夢を追いかけてる人は応援したい」
というのもある。

 

が…同時に、つらい人生を歩んできたからこそ、
「相手が今苦しんだり悩んだりしてても、気骨や意欲を失ってないうちは応援したい」
とも思ってる。

 

こういうのが、相手の結果に結びつけば、ぼくも幸せだ。
そして、過程で話を聞いたり、自分の「極める」につながる幸せもある。

 

一応デメリット(注意点)としては…。

「接し方を間違えるただのうざ絡みになる」

かな。

 

「聞く力」もそうなんですが…結局は距離感やコミュニケーション能力がないと正しく伝わらないのよ。

 

もちろん自信に繋がった部分もあるよ?
誰よりも先に新しい作品見つけたり、相手の人が夢を実現してくれたことで自分も幸せになれたし。

 

より深く自信につなげるためにも、結局はコミュ力

要は、自己満足や自己目標としての「ありたい自分」はできてると思う。
人になんと言われようと、その精神性も、自他への成功体験もあるので…私自信は状況の割には自身を持ててると思う。

 

ただ、これが伝わってるかどうか・相手との関係が続いてるかどうか・自分の成長に繋げられてるかどうか…と考えるとまだまだ精進が必要なんだなって思いました。

 

「自分を支える最後の砦」
アイデンティティとしての自分」
にできてる一方で、【これがすごくいいからみんなやってみて】といえるレベルにはまだできてないなって思いました。

 

「自分がどうありたいのか」
「成果に関係なくこれが自分なんだ」

というモノが見つかるので、良かったらやってみてください。

 

 

 

 

 

二流が吹聴する「やればできる」論に騙されないで!

はじめに断っておくが、大半の人は三流か二流だ。
それ以前の問題として「やればできる」というプロセスを経ないと、三流は二流にも上がることはできないから「二流が悪」という記事でもない。

 

私が言いたいのは

「お金で言えば、上位12%が年収1000万円、10年続く会社は6.3%」

と言った感じで、【誰もが羨む一流なんてそんなにいない】という話であり、

「どうせがんばらないと豊かに生きていけないんだったら、一流を目指しませんか?」

という話だ。

 

比較的方法のお金というモノサシでさえ、上澄みはこんなに少ないんだ。

これがもっとわかりづらい仕事ぶり・人格・生き方みたいな正解のないものだと…どうやってたどり着くかほとんどの人が教えられない分だけ、減るんじゃないかな?

 

いや、色んな自己啓発本やコンテンツはあるよ?
でも、それ書いてる人が稼いでるかどうか、ちゃんと再現性があるかどうか、お金や地位がなくてもハツラツと生きていられるかどうか…って別でしょ?

 

で、しかも経営者上がりの人って、ホリエモンからもっと小さい人まで
「とにかくやれ」
と口に出すでしょ?

 

それが「金が欲しいなら」「夢があるなら」という枕詞がついてて、割り切ってる人はまだいい。
それが人の価値だと錯覚している人もちらほら見かける。

 

そんなモノはリスペクトのハードルを2流に下げて駄サイクルを回してるか、
「とにかくやる」
の先を知らない本人も2流な人間だから、そうなんだろう。

 

少なくとも私にはそうとしか見えない

私が現状三流なのは高い理想に悩んだからだ。

たしかに数をこなせば、二流にはなれる。
それは自分もやってみて、収入が高くなったり、最初にできなかった仕事・趣味が板についてお金になった経験からよく分かる。

 

だが…そのままじゃその先がないんだよ。

お金のことで言えば、「人にやらせる」「スキームを作る」「単価を5倍10倍にする」「ポートフォリオを確立する」など、次のステップがないとお金持ちにはなれない。

手間暇のことで言えば、「激務で疲れてしまう」状態では続かない。

 

だから、「一流」を目指すなら、「やる」だけじゃダメなんだ。

そこで、壁にぶち当たる。
成功パターンをひたすらやり続けてジリ貧になるか、
自分の成功体験をアップグレードして、手間暇を圧縮するか、単価を倍増させるか。

 

そこが、けっこうネックになってくる。

 

「やり続けていれば、腕は上がる。結果として、質が上がって、時間が圧縮される」

という人はいるが…2倍程度でいいならそれは正しい。

 

しかし、5倍10倍の成果を出したい時には、数を打つだけの時間をどこかで卒業するための「考える」時間が必要になってくる

 

そこにチャレンジしようと、考え悩んでいるうちに…三流に落ちてしまった。

簡単に言うと、自分の今のやり方や体力では難しいところに来てしまったため、つまづいて大きくモチベーションを落としてしまったのだ。

 

本当に大きく勝ち越してる人は「ここまでやられたら、負けても仕方ない」と思うぐらいやってる。

 

しかし、諸々の準備をして、一年先まで計画を作って、その通りに動いてみて気づいた。

「やればできる/とにかく早くやれなんて、次のステップを知らない人の戯れ言だ」

と。

 

その過程はたしかに必要だ。
だが…重要なのはそこじゃない。

 

「解像度」
なんだ。

 

目的を達成するためにできない・やったことのないことがあったとしよう。
それが、ものすごく訓練のいる職人技だったら話は別だが…たいていの人がやったことがあったり、ニーズがあることなら、調べたらわかる。

 

実際に、計画を実行に移して

「このままじゃ続かないな」

と思ったら、作業をステップごとに切り分けて、分割して、楽にすることができる。

 

そして…何より重要なのは「解像度」を上げることによって、

「この人が今できることを全部やってるかどうか」
「そのための時間をかける計画で動いてきたかどうか」
という、他人の努力さえも見えてしまう。

 

なぜなら、多くの一流の作品や人間に触れてきた人ならば、考えつくからだ。
実際に、自分が本気で一流を志した時に、想定できる手順の数が全然違うのだ。

 

本当に大きく勝ち越してる人は
「ここまでやられたら、負けても仕方ない」
と思うぐらいやってる。

 

そういう風に周りが見えるほど、あらゆる手立てを講じ、高いクオリティでやり遂げたか?


そのぐらいの視点を獲得して、人のことを見れば、たいていの人が二流に見えるし、
「そこは私の目指すところじゃない」
と気づくことだろう。

 

何度も言うが、私の理想は高い。
だからこそ、必ずやり遂げると決めたことはとことん考え抜いて、徹底的に続けて、その先に人から教わった以上のアイデアを降らせて、勝つ!

 

…その代わりに目的に必死になりすぎて、近寄りがたい雰囲気は出すけどね。

 

一流になりたくば、高い目標と壮大なビジョンを持て!
それを逆算して、いつまでにやり遂げるかを計画書として書きなぐれ。
書いたその日から実践して決められた日時まで続けろ!
成し遂げられるか不安になる度に、次々と新しいノウハウを書き加え、要らなくなったノウハウは捨てろ!

 

手間暇を圧縮する手段?
できないことをできるようになる手段?
自分に足りないものを補うための方法?

そんなモノは自分が本気で一流を目指してたら勝手に降ってくる。

 

だから、得意なことに逃げようとしないで、思いついたことは全部書け。

たいていのことはできるようになるか、人に任せるか、できなかった時の代わりの手段がどっかに落ちてる。
だから、最初から小さくまとまろうとするな!

 

 

自分の過去の失敗は二流まで行った後に手間暇を圧縮するすべを見つけられなかったり、「いつまでに何を成し遂げるか」を決めきれてなかったことが敗因だ。

 

 

今の俺を笑いたければ、嗤えばいい。
だが、俺は来年中に必ず、自分が望んだことを全部成し遂げてくる。

 

そのつもりで今必死にやってる。(何を成し遂げようとしてるかは、有料記事でね)

 

 

この続きを読むには
購入して全文を読む